飛鳥京跡第164次調査現地説明会 (追記あり・さらに追記)
飛鳥遊訪マガジン73号でも、飛鳥発掘情報として書きましたが、記事が間に合って良かった♪ (笑)
σ(^^)、現場の進捗状況まで知りませんのでね。(^^ゞ シート越しにしか知らなかったので、良いタイミングになってほっとしています。(笑)
飛鳥遊訪マガジン73号にも、発掘現場の位置が分かる写真を掲載しましたので参考にしてください。
調査区は、たぶん2ヶ所です。飛鳥寺跡の東を通る道から見えてる所(前回・第161次の北東)と、飛鳥寺跡南の東西道路に沿った地点です。
現説に行かれる方は、前回の現説資料が橿考研サイトに掲載されているので、参考にされると良いかと思います。位置関係も分かりやすいですよ♪
http://www.kashikoken.jp/from-site/2008/asuka161.pdf
この写真で、場所が比較出来ると思います。
現説、楽しみですね♪
(追記)
夕方からニュースが出始めました。要点は次の通り。
検出された石敷き遺構は、飛鳥寺の南にあった「石敷き広場」の一部とみられる。
時期的には、7世紀前半ごろと思われる。
石敷きは、人頭大の川原石を丁寧に敷き詰め、平らに造成している。
石敷き広場は、全体の規模が東西約70メートル、南北約20メート ルと推定され、通路(道路)とも思われる。
今回検出された石敷きは、その南辺に当たり、東西約4メートル、南北約5メートルの範囲で確認された。
石敷きの南側は、階段状 になった石組みの側溝(幅約90センチ、深さ約30センチ)が付いていた。
橿考研さんの現説案内にあった内容の全てを伝えてはいないようですね。(^^ゞ
風人としては、「階段状 になった石組みの側溝」ってのに、反応しています。(笑) 奈文研の飛鳥寺南方(飛鳥藤原大152-5次調査)で検出された階段状の石組み溝を思い出しました。石敷きの石の大きさ等も「人頭大」と同じ程度の石のようですしね。奈文研の調査区の場所が東端だとして、今回のが南端だとすると、石敷き広場の状況が分かりつつあるのかなと思いました。
もう一つの調査区の方は、何が出ているのでしょう?掘立柱列と案内には書かれていますが、建物跡に復元できない程度の検出範囲だったのかな?塀の可能性もあるんでしょうね。
(さらに追記)
「石敷広場などは、飛鳥寺に伴うものと見られていますが、寺の施設が中国の思想を取り入れて、東西や南北の方角にそろえて配置されているのに対し、広場や溝は斜 めの方向に広がっていました。」NHK奈良より
うん、西で北に振るんですよね。今までの発掘成果や推定図を見ると、結構斜め感あります。
「このため、寺と広場があった土地はそれぞれ異なる時期に区画された可能性があるということです。」
ニュースの中で、「菅谷文則所長は、<飛鳥寺より前に広場の区画があって、寺をつくる際に取り込んだのではないか。当時の開発の様子を考える貴重な資料になる>」という談話を出しておられるようです。NHK奈良ニュースより
ぅん?!
石敷広場は、飛鳥寺以前の遺構って事でしょうか?? で、寺域に取り込んだ?
まさか、飛鳥衣縫造の祖「樹葉」のお家に伴う遺構ってこと? えらいややこしい話が出てきた。(^^ゞ
まっ、樹葉の家はともかく、石敷きでしょ?何か公的な施設とかでしょうかね? この時期に飛鳥に宮殿は無いんですよね? ぅう~む!なんなんだ!
と、速報的に反応すると後で読まれると辛い記事になる。(笑)
石敷きは7世紀前半です。ということは、石敷き自体が飛鳥寺以前の遺構ではないわけだ。でも、そうすると別の疑問も出てくる。飛鳥で正方位の遺構が出てくる以前の方位って、真北から西に20度ほど振れる方位が多い。けど、今回の石敷きの遺構は、その方位には向いていない。なぜ? なんか気持ち悪い方向のような感じがする。(笑)
ともかく、現説に行って、自分の目で確かめてみたい♪
で、もう一つ、現説の情報が入りました♪
平城第446次発掘調査(平城宮東院地区) 発掘調査の現地説明会が下記のとおり開催されます。
日 時 平成22年2月20日(土)
説明は 午後1時30分~ 1回おこないます ※小雨決行
場 所 発掘調査現場
http://www.nabunken.go.jp/ record/setsumei/img/2010/ 20100220/446map.jpg
報告者 都城発掘調査部 遺構研究室 研究員 鈴木 智大
考古第一研究室 研究員 国武 貞克
どちらも楽しみです♪
参加出来れば、時遊録でご紹介したいと思います♪
- 【日 時】 平成22年2月14日(日) 10時30分~15時30分
- (説明随時、小雨決行)
- 【場 所】 奈良県高市郡明日香村大字飛鳥(飛鳥寺跡安居院の南直ぐ)
- 【内 容】 飛鳥京跡の外郭北部を調査し、飛鳥時代後半の石組溝や飛鳥寺南の石敷広場とその付属施設、石敷広場東端の石組溝の延長とそれに平行する掘立柱列を検出。
飛鳥遊訪マガジン73号でも、飛鳥発掘情報として書きましたが、記事が間に合って良かった♪ (笑)
σ(^^)、現場の進捗状況まで知りませんのでね。(^^ゞ シート越しにしか知らなかったので、良いタイミングになってほっとしています。(笑)
飛鳥遊訪マガジン73号にも、発掘現場の位置が分かる写真を掲載しましたので参考にしてください。
調査区は、たぶん2ヶ所です。飛鳥寺跡の東を通る道から見えてる所(前回・第161次の北東)と、飛鳥寺跡南の東西道路に沿った地点です。
現説に行かれる方は、前回の現説資料が橿考研サイトに掲載されているので、参考にされると良いかと思います。位置関係も分かりやすいですよ♪
http://www.kashikoken.jp/from-site/2008/asuka161.pdf
この写真で、場所が比較出来ると思います。
現説、楽しみですね♪
(追記)
夕方からニュースが出始めました。要点は次の通り。
検出された石敷き遺構は、飛鳥寺の南にあった「石敷き広場」の一部とみられる。
時期的には、7世紀前半ごろと思われる。
石敷きは、人頭大の川原石を丁寧に敷き詰め、平らに造成している。
石敷き広場は、全体の規模が東西約70メートル、南北約20メート ルと推定され、通路(道路)とも思われる。
今回検出された石敷きは、その南辺に当たり、東西約4メートル、南北約5メートルの範囲で確認された。
石敷きの南側は、階段状 になった石組みの側溝(幅約90センチ、深さ約30センチ)が付いていた。
橿考研さんの現説案内にあった内容の全てを伝えてはいないようですね。(^^ゞ
風人としては、「階段状 になった石組みの側溝」ってのに、反応しています。(笑) 奈文研の飛鳥寺南方(飛鳥藤原大152-5次調査)で検出された階段状の石組み溝を思い出しました。石敷きの石の大きさ等も「人頭大」と同じ程度の石のようですしね。奈文研の調査区の場所が東端だとして、今回のが南端だとすると、石敷き広場の状況が分かりつつあるのかなと思いました。
もう一つの調査区の方は、何が出ているのでしょう?掘立柱列と案内には書かれていますが、建物跡に復元できない程度の検出範囲だったのかな?塀の可能性もあるんでしょうね。
(さらに追記)
「石敷広場などは、飛鳥寺に伴うものと見られていますが、寺の施設が中国の思想を取り入れて、東西や南北の方角にそろえて配置されているのに対し、広場や溝は斜 めの方向に広がっていました。」NHK奈良より
うん、西で北に振るんですよね。今までの発掘成果や推定図を見ると、結構斜め感あります。
「このため、寺と広場があった土地はそれぞれ異なる時期に区画された可能性があるということです。」
ニュースの中で、「菅谷文則所長は、<飛鳥寺より前に広場の区画があって、寺をつくる際に取り込んだのではないか。当時の開発の様子を考える貴重な資料になる>」という談話を出しておられるようです。NHK奈良ニュースより
ぅん?!
石敷広場は、飛鳥寺以前の遺構って事でしょうか?? で、寺域に取り込んだ?
まさか、飛鳥衣縫造の祖「樹葉」のお家に伴う遺構ってこと? えらいややこしい話が出てきた。(^^ゞ
まっ、樹葉の家はともかく、石敷きでしょ?何か公的な施設とかでしょうかね? この時期に飛鳥に宮殿は無いんですよね? ぅう~む!なんなんだ!
と、速報的に反応すると後で読まれると辛い記事になる。(笑)
石敷きは7世紀前半です。ということは、石敷き自体が飛鳥寺以前の遺構ではないわけだ。でも、そうすると別の疑問も出てくる。飛鳥で正方位の遺構が出てくる以前の方位って、真北から西に20度ほど振れる方位が多い。けど、今回の石敷きの遺構は、その方位には向いていない。なぜ? なんか気持ち悪い方向のような感じがする。(笑)
ともかく、現説に行って、自分の目で確かめてみたい♪
で、もう一つ、現説の情報が入りました♪
平城第446次発掘調査(平城宮東院地区)
日 時 平成22年2月20日(土)
説明は 午後1時30分~ 1回おこないます ※小雨決行
場 所 発掘調査現場
http://www.nabunken.go.jp/
報告者 都城発掘調査部 遺構研究室 研究員 鈴木 智大
考古第一研究室 研究員 国武 貞克
どちらも楽しみです♪
参加出来れば、時遊録でご紹介したいと思います♪
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プロフィール
HN:
真神原連風人
年齢:
1450
HP:
性別:
男性
誕生日:
0574/04/20
職業:
飛鳥応援大使
趣味:
飛鳥人
自己紹介:
同年の厩戸皇子様が制定された冠位十二階より、大信の位階をいただいております。
別名、風使部とも呼ばれております。
仕事は、飛鳥をアピールすることだそうなので、風の便りを発して頑張りますぅ。
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