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風の書 / 日記と雑記 両槻会情報 飛鳥情報
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岡寺の仁王さんの修理が完成したそうで、開眼法要があったそうです。
正月に行ったら、仁王さんが居なかったので、あれ?って思ってたんです。
修理作業によって、この仁王さんが江戸時代初期の作だということが分かったそうです。
正保4(1647)年ちゅうことです。 鎌倉って聞いたことがあるような・・・・。(^^ゞ

坂の茶屋のおばあちゃんにも正月以来挨拶してないから、週末行ってみようかな。(^^)

もう一個のネタは、栢森の鯉のぼり♪
大きな鯉のぼり2基を上げられたそうで、奥飛鳥活性のシンボルにしようと言う話です。
毎年増やして行きたいとの希望も持たれているようで、
不用になった鯉のぼりも集めてはるみたいです。
栢森の谷を渡る鯉のぼりの遊泳を見る日も来るのかな?

こちらも、見に行ってみたいな♪ 今年の桜ネタもぼちぼち終わりですからね。
20070412080358s.jpg
 爽君晴れ姿♪   制服を着てご機嫌です♪ 
幼稚園が楽しかったみたいで、もうガールフレンドも作ってきたとか。(笑)

風鼓が見てもらうんだと煩いので掲載。(^^ゞ

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今日は爽馬君の入園式♪ 大きくなったなぁ~。
子供って見るたびにその成長が分かる。(^^) 
2005-1228-1001.jpg
まだちっちゃい時の爽くんと春ちゃん♪
幼稚園でいっぱい友達を作って、
お母さんを困らせるくらい腕白になってくれると良いな♪
一郎に乗ろうとして、一郎パンチを喰らって大泣きしたのはこの子です。(笑)

爽くんは、σ(^^)にとっては、親族の一番端っこになるわけだけど、
ここの家族とは非常に近しい気持ちを思ってます。
「さわらび」の孫です♪ 

さわらびは、最近ようやくいろいろな努力が実を結んできました♪
連日、お断りするほどのお客さんに来ていただいているとか。
手打うどんの味も一層磨きがかかり、皆さんにも覚えていただいたのでしょうね。
ネットを見て来て下さる人も増えたように聞いています。
ありがとう。m(_ _)m    良かった~。(∩.∩)

「苦しい時に、諦めずに頑張ったもんなー。」
「ダメなままでは終わりたくないって、ずっと頑張ってきたもんな。」
「風鼓さんや風人さん初め皆さんのおかげやな。」
少しだけ儲かった先月末、僅かなお金を見つめながら、そう言って家族全員で泣いたそうです。(笑)
どんな生活しとったんや! (爆)

σ(^^)は、ツクリッパになりつつあるサイトを作成しただけ。(^^ゞ
けど、良かった良かった♪ 

来ていただいた皆さんにも、くれぐれもよろしくと店主が申しております。m(_ _)m

あっ!雪中梅入ってますよ♪ って公ちゃんに伝えておくように頼まれました。(^^ゞ
よー覚えとる! (笑)

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飛鳥庵のおばちゃんが、火傷をしてしまったのはお知らせしましたけど、
火傷はお医者さんに任さねばなりませんが、いつも世話になっていますので、
励ましの意味も兼ねてお見舞いをしようと思います。
これからも店に出て、σ(^^)達を迎えて欲しいですもんね。

他に思いつかないので、簡単なフラワーアレンジメントなんかが良いかなって思います。
参加者募集です。ただし、いつもお世話になっている定連さんのみ。
一人200円ほどです。清算は、その内お店で。
土曜日に持って行きますので、参加希望者はコメント下さい。
お見舞いのカード作りますので早めによろしく。

******************************************
病名を貰ったので、病人らしくしようと心がけているのですけど、
どうもそういうのが一番似合わないみたいで、いつものように元気です。(笑)
まっ、いちおう病人なので、普段より優しくしてください。m(_ _)m  (爆)

でも、帰る頃になるとへばってます。(x_x) やっぱ変だ。。。

で、21日に、壬申の乱ウォークをって思っていたのですけど、
今のところ20キロ超えるウォークは控えたいと思います。
参加を予定していただいてた古道ウォーカーの皆さん、ごめんなさい。m(_ _)m
また、改めて計画します。<(_ _)>


で~、奈文研ニュース24号が出ています♪
http://www.nabunken.go.jp/publication/news/nabunken-news24.pdf
高松塚の発掘調査や甘樫丘東麓遺跡の話も出ていますので、面白いかも。(^^)

橿考研付属博物館の年間予定のページが出来ていました。
http://www.kashikoken.jp/museum/info/schedule2007.pdf


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                 靴が飛ぶ

小字「土木」

入鹿の首塚から真西、おそらく中つ道推定延長線の東側付近に、
小字「ツチノキ」を発見しました。五輪塔から西に二枚目の田んぼではないかと思います。
これが「槻の木の広場」を特定するものではないでしょうけど、
この付近であることを有力に裏付けるように思います。

昨日の飛鳥蹴鞠のときに、あたかもその会場が「ツチノキ」であるように説明されていましたけど、実際には西にずれていました。小さな字のようです。 今まで気付かなかったです。。。単に「土木」という漢字を見ていたんでしょうね。(x_x)
蹴鞠が行われたのは、「五輪」という小字です。 ツチノキ?って聞いたことも無かったので、地元のおばあちゃん二人に聞きましたがな。。 おばあちゃん達は、ツチノキ?知らんって言ってはりました。(笑)

それはともかく、大字飛鳥の小字名は魅力的です♪ 
「五輪」「アマダレまたはマダレ」なんて、いつもたむろしている場所ですけど、
地名そのものにも歴史を感じてしまいます。 ただし、命名は飛鳥時代に遡るようなものではないですけどね。 何らかの伝承や根拠を継承しているように思います。

飛鳥蹴鞠の妥当性については、疑問点もあるのですけど、まっ、それはそれでよいのではと思ったりもします。
実際には、蹴鞠という文字は日本書紀には無く、「打毬」と書いてあります。
奈良時代から平安にかけては、ホッケーやポロのような競技もあるようですけど、
飛鳥寺西の槻の木の広場のエピソードも本当のところは分かりません。
記述からは、蹴鞠のようではありますけど。そういうこととは別にしても、あのエピソードはそのままに考えることは難しいものです。

飛鳥蹴鞠は、普通の蹴鞠ではなくてスポーツ化され、軍事訓練や兵士の体力強化のために行われたとか説明してはるのですけど、だったら饗応の場や庭園であった槻の木の広場ではせんやろ!などと思うのです。(笑)
そういう意味では、飛鳥蹴鞠の発祥の地?伝来の地?は、蹴鞠が飛鳥時代に渡来したものだとすれば、実は蘇我氏の邸宅が在った島庄辺りに求めるのが良いかも知れませんね。
小字「五輪」でするよりも、石舞台公園は適しているのかも知れないです。(笑)


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高松塚のことをうだうだ書いていたので、某筋から情報をいただいた。

高松塚壁画館に墳丘の土層標本が展示されているとか。 最近のことらしい。
版築土層の実物標本が常設展示として加わっているそうです。
版築の様子や地震の痕跡なども良く分かるとのことでした。
掘り残した本物の土層を接着固定させたとかで、竹の根もそのままだとか。

壁画館って、ちゃんと見たこと無いかも。(^^ゞ 
公園には行くんだけど、高松塚自体めったに行かないのでね。(^^ゞ
せっかく情報をいただいたのだから、一度立寄ってみよう。(^^)


不調の原因に立派な病名をいただきました。(^^v
これでσ(^^)も一人前の病人♪ 

だからどうだってことも無いんですけど、まぁぼちぼちと。(T.T)

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070408d120.jpg

ゆーこちゃんに、こんなのいただきました♪ (^^) しゃーわせ♪ 
でれでれ。(^^v

おばちゃんの見舞いを一番の用件にして飛鳥に行ってきました。
火傷の腫れは、昨日より酷くなっているようです。かわいそう!
けど、だいぶ落着いてきたようでした。お医者さんは、跡も残らないと言ってはるようです。
まずは良かった。

飛鳥寺花会式と蹴鞠を見てきました。
飛鳥蹴鞠会の皆さんの休憩場所として飛鳥庵を使いたいとのことでしたので、
おばちゃんの許可を取ってお店をオープン。 半日店主代理をしていました。(^^ゞ
カウンターの中もかなり慣れてきた。(笑)

ぅん? プレゼントの下の紙が気になる? 気のせいでしょう。(笑)

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昨日は、一日唸っていた。

決して体調の悪さだけではないです。(^^)
風鼓がぎっくり腰をやってしまって、自分の体調の悪さはまたまた棚上げ。(x_x)
お休みをいただいて、介護と若干の休養日となりました。

おかげさまで、風鼓は少ずつ動けるようになりました。ほっ♪
σ(^^)は、ぼちぼちです。

で、それは置いといて、一日σ(^^)が唸っていた原因は下の地図。
石神北方から雷東方にかけてを少しでも理解したかったし、
下の記事で言ってましたけど、誰かが作ってくれるのを待ってたら埒が明かないので、
自分で描いてみたのです。

いっぱい現説図面やネット公開されている図面と首っ引きでやっとここまで描けました。
石神15次以降の成果も描き入れたいのですけど、これがなかなか難しい。(>_<)
で、ここらで一服です。

この図を描いていて、何が分かったかと言うと、ちっとも分からんってことだけが分かりました。歴史って甘くない! っておっしゃってたあかねださんの記事がひしひしと。(笑)

ikiazuti6.gif

                クリックで拡大します。

天武期・藤原京期の山田道は分かりませんけど、
それ以前の山田道は、やっぱりもっと南に在ったんじゃないのかなって。
あるいは、石神遺跡の付近で南に直角に曲がっていたのかなって思ったりしました。

そう思わないと、飛鳥中期の遺跡である雷内畑遺跡が理解できませんでした。
この遺跡からは、苑池や石敷きの遺構が検出されていて、小墾田宮の一部を構成するのではないかとされています。やはり、この辺に小墾田宮があったとすると、天武朝以前の山田道がこの切通を抜けている確率は低いと思うのです。飛鳥川の流れが現在の流路になった時に、山田道も付け替えられたのかも知れないですね。

それは、飛鳥人のこの湿潤な土地との戦いの系譜なのかも知れないと思ったりしました。そんな妄想で一日遊ばせてもらいました♪ 
分からないってことを、もっと楽しみたいなって思います♪

無断で掲載の図をパクらないでくださいね! 無断転載不可!

ももさんの「ももの葉っぱ」>
飛鳥藤原第145次(石神遺跡第19次) 07.3.31.現説」にトラバしました。

で、週末風人♪

土曜日、橘寺へ両槻会の用で行きます。 予定はそれだけ。
出来たら飛鳥の桜を見て回りたいけど、ここは体調次第です。
3時過ぎには飛鳥庵かな?

日曜日、休養。  桜の時期に残念だけど、ここは身のため諦めます。(x_x)


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プロフィール
HN:
真神原連風人
年齢:
1450
HP:
性別:
男性
誕生日:
0574/04/20
職業:
飛鳥応援大使 
趣味:
飛鳥人
自己紹介:
同年の厩戸皇子様が制定された冠位十二階より、大信の位階をいただいております。
別名、風使部とも呼ばれております。
仕事は、飛鳥をアピールすることだそうなので、風の便りを発して頑張りますぅ。
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